Leaders1000 リーダーが語るの人生の軌跡

vol.048 荻原紀男さん

2016/10/01 (土)
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荻原紀男さん

株式会社豆蔵ホールディングス
代表取締役社長

業界をリードする技術力と開発手法でシステムの企画・コンサルから実現までを幅広く展開する株式会社豆蔵ホールディングスを創業した荻原さん。創業後5年でのスピード上場を果たした他、積極的なM&Aにより現在は子会社11社をグループ企業として有するなど業績を急拡大させています。また、コンピュータソフトウェア協会の会長を務められたり、約5000社が参画する日本IT団体連盟の発足に尽力されるなどIT業界の発展にも取り組まれています。今回は、ご自身のキャリアについてお話しいただきました。

投資に失敗して借金を抱える

もともとは弁護士に憧れていました。法学部を本命に大学受験しましたが、残念ながら受からず、商学部に進学しました。中学生の時に突然、父を病気で亡くし、母は一人で自分や兄妹を苦労しながら育ててきてくれました。そのため、家計を支えるような稼げる職業に就きたいという意識が強かった私は、高校の友人に教えてもらった公認会計士という職業に将来性を感じ、資格取得を目指すことに決めたのです。ただ当時、会計士は弁護士と並ぶ最難関資格。合格率も4.5%。アルバイトで学費や生活費を稼ぎながら、資格取得の勉強に励む毎日になりました。

朝8時から17時まではガソリンスタンドで働く。その後、仮眠をとって22時から資格の勉強。そしてまた朝からバイトに行く。そんな生活を合格するまでの5年間続けました。また、試験終了から合格発表までの2ヶ月間は、お金がないので食事もおぼつかない。そこで高原野菜の収穫で農家に住み込みで働いていました。5年間の過酷な受験生活の末、25歳のとき合格し、晴れて公認会計士の道へ。その後、外資の会計事務所に5年、国内の監査法人に8年在籍しました。

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実は、バブル経済真っただ中の時期に投資していた株で、一度大きな失敗をしたことがあるんです。投資という形で応援していた友人の会社がバブル崩壊とともに倒産。突然多額の借金を抱えることになりました。当時、背負った借金の重圧に耐えられず、精神的に本当に追い込まれました。しかし、追いこまれる中で「なんとか生きよう!どんなことをしてでも乗り越えよう!」という覚悟を決めました。そのときから生まれ変わったように感じます。平日は監査の仕事、土日は他の仕事をして一日も休むことなく、365日ただひたすら必死に働きました。その結果、大変時間はかかりましたが、なんとか借金完済の目途が立ちました。

38歳のとき税理士事務所を開業しました。しかし、会計のことはわかっていても税務知識はまだまだ未熟でした。そのため開業してから必死に勉強しました。例えば、10億円の相続税の案件が来たときは、急いで本屋に行き、本を買い漁って猛勉強。切羽詰まったときの方が火事場の馬鹿力が働くのか、よく身に付くものです。仕事の依頼が来るたびに猛勉強しながら実務経験を積んでいきました。

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前職からの顧客が来てくれたこともあり、比較的早い段階で事務所は軌道にのりました。でも、安定するということは、仕事がつまらなくなることでもあります。あるとき、顧客先でシリコンバレー帰りのIT技術者から、オブジェクト指向技術(プログラムを部品のように分割して自在に組み立てる開発手法)の話を聞き、「この技術はいける!」と確信。というのも、監査法人時代にシステム研修を受けていたことや監査プログラムを動かしていた経験があったからです。それまでのシステム開発は本当に必要なものを具体的にしないまま進んでいくことが多く、望まないものができあがることが多かった。オブジェクト指向技術で開発すればユーザー企業の望んだものが作れます。

そこで、オブジェクト指向技術をベースにソフトウェア開発やシステム導入などを支援する株式会社豆蔵を創業しました。ちなみに、豆蔵の社名は、プログラミング言語の「Java」に由来しています。機能ごとにプログラムが塊となって相互作用することでシステムが稼働するのですが、その塊を「Java Beans(豆)」と呼びます。それの「蔵元」になるとの思いから、「豆蔵」と名付けることにしました。

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創業から5年で株式上場を果たす

創業した当時、世はITバブルに沸いていました。「創業5年で上場」を目標に、事業内容を説明して、2億円の資金が集まりました。そして社員も集まり、仕事もきた。でも、新しい技術なので失敗だらけ。ある案件では6億円の予算に対して8億円も経費がかかってしまいました。一気に資金が底をつく。それからの1年半は休むことなく、会社で寝泊まりする日々。みんな必死に働いていました。

その内、一人去り、二人去りと社員が次々に去っていく。創業時から苦楽を共にしてきた仲間が辞めていくのは本当につらいものです。でも、「絶対に豆蔵に戻ってきてくれる」そう信じて、「また戻ってこいよ」そう言って送り出しました。実際、他社で経験を積んだ社員が「豆蔵でもう一度働きたい」と戻ってくることが相次ぎました。私の記憶では、再入社した社員は全体の1割近くいたように思います。苦しいながらも仕事をしていく内に、連結納税のパッケージソフトが売れ始めていきました。この頃から、事業がようやく軌道に乗ってきました。結果、創業から4年363日で東証マザーズ市場に株式を上場することができました。

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上場後も、内部統制関連のサービスが好評となり、業績は順調に拡大していきました。ところが、リーマンショックを境に仕事がパタリと来なくなったんです。「このままの状態が続いたら会社は続かなくなる」と不安に襲われました。しかし、本来は危険を顧みずに危地に飛び込んでいくタイプ。「うちも苦戦しているということは、他社も苦戦しているはず!ということは、会社を安く買えるチャンスではないか」と2社を買収しました。その後、その2社の業績が拡大し、当社グループの飛躍に大きく貢献することになりました。

今年7月に日本IT団体連盟の発足に携わりました。私は2014年から一般社団法人コンピュータソフトウェア協会の会長に就任しています。でも、IT業界は団体が100くらい乱立していて業界活動がバラバラ。どこも規模が小さく、これでは影響力を持てない。一方、国はITを推進している。ただ、実際は、ITの技術は主に米国から輸入されたもので、日本から海外に輸出ができていない。これでは産業とはいえない。

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そこで、官民一体となってIT産業の振興・活性化に取り組む体制をつくるため、各団体に働き掛けて53団体(約5000社)が加盟するIT連盟を発足させました。でも、そこに至る過程は、至難の連続でした。周りから強烈な誹謗中傷もありましたが、そういう周りの声は一切無視。私は、ゴールが見えたら、それに向かって最短距離で一心不乱に突き進んでいこうと決めています。そうすると、それから外れた声は無視できます。実現までに3年かかりましたが、これからは、IT関連の法制度に関しても積極的に提言していきたいと考えています。

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時の流れに身を任せて自然体で生きる

仕事以外の時間は、柔道をするか、ジムに行くか、ゴルフの練習をするか、ITの勉強をしています。健康への関心もあり、食事の中身や量には注意しています。柔道は二段です。会計士の勉強を始めた20歳のときに一度やめましたが、50歳で再開しました。いま豆蔵柔道クラブの道場長として子供たちと一緒に汗を流しています。柔道をしているときは、つらいし、とても苦しいです。でも、厳しい練習をこなすことで、折れない心を養うことができていると思っています。毎年、年齢・体重別に分かれたマスターズ世界大会が開催されるので、そこで優勝することを目標に練習に励んでいます。

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2016年現在、連結ベースの売上高で220億円、グループ子会社11社、社員2,000人を超える規模にまで成長させることができました。でも、社長としてやっていける自信は、ここ1~2年でやっとついてきた感じです。きっかけとなったのは、ある方からこう言われたことです。「あなた、一回死にかけているでしょう。だから本来であれば死んでいる人。でも、普通の人と違って、世のため人のために生きている人。周りを引っ張っていく立場にある人。そういう運命にある人だから、安心して仕事をしなさい」。

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そのとき、自分の使命に気づきました。「一度死んでいると思ったら何でもできる。もらった命だから自分のためだけでなく、世のため人のために使っていこう」と。それまでは、「また、リーマンショックのようなことが起こったらどうしよう。当時よりも規模が大きくなっているから、その影響は計り知れない」と不安になったりしていました。でも、自分の運命(さだめ)を悟ってからは迷いがなくなりました。

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「己を忘れ、他を利する」。私は、この言葉を信条にしています。これまでの人生を振り返ってみても、自分だけが儲かろうとしていたときほど、儲けることができなかった。それよりも、全体を良くするために動いていたときの方がうまくいきました。また、肩肘を張らずに自然体でいるときの方が成功している。そんなことから、これからも時の流れに身を任せながら、自然体で生きていきたいと考えています。

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プロフィール

1958年生まれ。東京都出身。1980年 中央大学商学部卒業。1983年公認会計士試験合格。外資系アーサーヤング会計事務所(現 アーンスト&ヤング)入所。1988年朝日監査法人(現 あずさ監査法人)に転籍。1996年荻原公認会計士税理士事務所(現 税理士法人プログレス)を開業し、独立。2000年 株式会社豆蔵(現 株式会社豆蔵ホールディングス)を創業、取締役就任。2003年 同社代表取締役社長に就任。現在、税理士法人プログレス代表社員、一般社団法人日本コンピュータソフトウェア協会会長、IT団体連盟 幹事を務める傍ら、豆蔵柔道クラブ 道場長として70名の子供たちを指導。

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