株式会社オアゾ
代表取締役社長 食業プロデューサー
日本全国の様々な食材や食品、飲食店のプロデュース事業を手掛ける株式会社オアゾを創業した松田さん。食業プロデューサーとして、地域の食材・食品のブランディングや商品開発、飲食店開業のプロモーションなどを行う他、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス三田会の代表を務めるなど多方面で活躍されています。今回は、ご自身のキャリアや起業、将来展開などについてお話しいただきました。
第一印象を大切にする
私は、大学では建築設計や環境デザインを手掛ける三宅理一先生のゼミに所属していました。このゼミで行ったことは主に二つ。一つは、世界遺産登録の事前調査。フィールドは自ずと海外になります。ウクライナやルーマニアなどにも行きましたが、例えばエチオピアで18世紀の街並みの調査をしたときは、今のようにグーグルマップもないので、自分で歩いたり、現地の人からヒアリングをしたりして街の地図をつくりました。もう一つは、墨田区京島の木造密集市街地での空き家対策。空き家に外国人アーティストを呼び込んだり、地元の企業と共同で商品開発などを行いました。
大学卒業後は、漠然と「大学院に進むのかな?」と考えていましたが、就活前に早稲田大学が主催する建築ワークショップに行き、考えが変わりました。そこでは、安藤忠雄さんや伊東豊雄さんなどが講師をされていましたが、「建物のデザインより、なぜ建てるのか?デザインに至るまでのプロセスが大事」ということを学びました。そこで、「墨田区の空き家のように、もっと世の中の問題に敏感にならないといけない。それには現場の最前線に立つのが一番」と考えました。たまたまNHKの横浜放送局でカメラマンのアシスタントをバイトでしていたこともあり、「報道カメラマンになろう!」とNHKに入りました。
NHK入社後は、報道カメラマンとして全国を飛び回りました。カメラマンといっても、撮影の技術が良ければいいわけではありません。実際、同期入社組はみんなカメラの素人でした。それよりも「何をカメラに映し、伝えるのか?」その力が問われました。通常、一つのニュースの報道は1分ちょっとです。この間に10カットほどの映像をつなぎ合わせて現場の状況を伝えていく。それがうまくできないとニュースで使ってもらえないんです。このとき心掛けていたのは、「伝え方」よりも「(視聴者への)伝わり方」。その意味では、自ら現場から得られる第一印象や直感を大切にしていました。初めてニュースを見る視聴者に適切に伝えるには、自分がその現場を見た第一印象をベースにするのがいい。そう思っていたからです。カメラマンの仕事を通じて、「直感(第一印象)」と「客観(伝わり方)」の両方が大切だということを学びました。
報道カメラマンとして各地を周っていたとき、多くの生産者と出会いました。「うちのトマトが一番おいしいよ」そう言う方々と接してきましたが、それだと消費者に伝わらない。その食材をNHKなどのメディアに取り上げられるようにするにはどうすればよいかというお手伝いはできる。何がニュースになるかは、これまでの経験でわかるからです。でも、例えば、そのトマトを2トンとか3トン売れるようにするにはどうしたらいいかはわからない。次第に、「売るためにどうすればいいか?」を考える企画の仕事に興味が湧いてきました。そこで、当時、映画「おくりびと」でアカデミー賞を受賞した小山薫堂さんが代表を務めるオレンジ・アンド・パートナーズに転職することにしました。
薫堂さんからは、企画を立てるとき3つのことを大切にしなさいと言われました。それは、その企画が「新しいか?」「楽しいか?」「誰かを幸せにするか?」です。この3つが揃っていないとダメ。実際、1つでも欠けた企画を持っていくと、「それは僕らがやる意味あるのかな?」と言って却下します。小山薫堂さんの企画「くまモン」にもこの3つの要素がきちんと入っています。だからこそ、あれだけの人気キャラになったのだと思います。身近に接して、世の中のモチベーションの上げ方が本当にうまい人だと尊敬しています。
食業プロデューサーとしての仕事
企画の仕事と並行して、世田谷にある「Schooling Pad」というレストラン・ビジネスを学ぶ社会人学校に行きました。そこでは、主に飲食業を始めたいという人が集まって、開業のための準備やお店の運営の仕方について学びます。ただ、学校は、開業を勧めるどころか、逆に止めたりします。「カフェを開業するのに、これだけのお金がかかるけど、それって本当にやりたいことなの?その店を始めるモチベーションは何なの?」と本気度や本質の部分を重視していたからです。私もここで学ぶ中で、「これまでは受け身で仕事をしてきた。NHKでも企画会社でも与えられた仕事をこなすことがメインでした。でも、これからは自分から仕事をとってくるような生き方をしたい」そう思い、起業をすることにしました。
これまでの人生を振り返ったとき、大学では街づくりなどの「空間デザイン」を学びました。またNHKでは「伝え方」のスキルを身につけ、企画会社では「売り方や企画の仕方」を学び、Schooling Padでは「レストラン・ビジネス」について学びました。そして、何よりも「食」が大好き。そんなことから、飲食の開業支援や店舗デザイン、店舗運営のコンサルティングなどをする株式会社オアゾを創業しました。
現在は、「食業プロデューサー」として食に関するプロデュース全般を行っています。例えば、各地域の食材や食品のブランディング、商品開発の提案、飲食店のプロモーションなどを手掛けています。仕事柄、地方に行くことが多いのですが、商品は良いのに、どう販売すればいいかがわからないところがとても多いんです。そこで、商品のパッケージづくりから販路開拓まで全部をセットにしてサポートする活動をしたりしています。
そのような支援活動を全国でやっている内に、各地のいい食材・食品を並べた「売り場がほしい」と思うようになりました。そこで、神楽坂にある八百屋さんを譲り受け、最近リニューアルオープンしました。ここでは、日本全国から食材を集めて販売するだけでなく、ゆくゆくは海外にも展開していきたいと思っています。
カメラマンから企画、プロデュースの仕事を経て、八百屋という実業の世界に入ってきました。そんな中、自らが、今のモチベーションをどう上げていくかが大事だと考えています。会社を持続させるには、収益の観点からやらなくてはいけない仕事がある。「やめておいた方が無難かな?」と守りに入ってしまうこともある。そんなとき、社長が社員以上にモチベーションを上げていかないといけない。それには、自分たちから「こういうことをやります!」と言う必要があります。これまでは、他の人のビジネスをサポートしてきましたが、より主体的に動くことが求められます。また、事業への責任感も増してきています。周りの人たちに夢とか希望をどのように与えていくか?そのカタチを今は模索しているところです。
経営者としては、コミュニケーションを頻繁にとることが大切だと考えています。当社の社員は女性が9割です。女性は、結婚、出産、育児などもあり働き方に多様性があるので、一人一人の状況や考えをよく把握しておく必要があります。そこで、1〜2週間に1回は全員と面談をしています。内容は、どちらかというと仕事以外のプライベートのことが多いですね。公式な面談も3ヶ月に1回はしていて、契約の見直しや事業の方向性を説明しています。あとは、自分がやっていることを見せていくのが大事だと考えているので、まずは自分から行動するようにしています。
日本の食文化を海外に伝えていく
これからは、もっと日本の食文化を海外にきちんと伝えていきたいと考えています。日本食というと、高級なものかファーストフードのような低価格のもののどちらかしか海外で認知されていないと感じています。その中間に位置するものは、どれほど良くても知られていないのではないでしょうか?その要因の一つに、食に関わる人材が不足していることがあります。そこで、飲食店の人材を流動化させるための取り組みも始めていきます。例えば、地方のレストランをフランチャイズ化して、自分が希望する地域のお店で3ヶ月だけ働く。そんな自由な働き方ができる仕組みを新規事業部で検討しています。
また、食のスタンダードを上げる取り組みとして、「Foodnia Japan」という企画も始めました。例えば、農家や飲食事業者が個々にバラバラでビジネスをしていたら、数十個単位でしか扱えないものが、全国でネットワークをつくり、チームとして取り組めば数千個単位での販売が可能になります。それに、ネットワークをつくることで、既存の業者がビジネスを継続できるようにもなります。新規参入者を増やすことも大事です。ただ、それよりも長く継続できる仕組みをつくる方がもっと大事だと思います。それは小さいながらも八百屋さんのビジネスを始めてから気づいたことです。
日本の食文化は、まだまだ誤って海外に伝えられています。寿司と天ぷらが一緒に出てくると思われていたり、カリフォルニアロールも日本食と思われています。日本で出ている情報と海外で出ている情報を一致させていきたい。日本には、寿司や天ぷらだけでなく、コロッケやポテトサラダ、ハンバーグに煮付けもある。日本の野菜やトマトだっておいしい。そういう日本の良い食材や食品を海外に向けて発信していきたい。そして、「おいしいものを食べに日本に行ってみたい」と思われるような状況をつくっていきたい。
先の「Foodnia Japan」では、日本全国から良い食材や食品を提供する業者を応援する個人のファンを募ります。この仕組みを海外にも展開して、海外のファンも呼び込んでいきたい。例えば、海外の人が、山形にある豆をみつけて、それを食べようと日本にやってくる。岡山のワイナリーのことを知り、見学したい、あるいはそこで研修を受けたいと思って日本に来てもらう。それには、こちらの伝え方だけでなく、海外の人への「伝わり方」も大事になります。これまでの経験を活かして、日本の食文化を海外に広める取り組みを進めていきたいと考えています。
八百屋瑞花 http://www.suika.me
1977年生まれ。青森県弘前市出身。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、日本放送協会に入局。報道カメラマンとして、全国各地の事件事故、災害など日々のニュースの現場をはじめ、紀行番組の撮影に従事。その後、2007年企画・プロデュ−ス業に転職。2010年より株式会社オアゾ代表を務める。積極的に女性クリエイターを活用し、特に食にまつわる事業・店舗開発、PRコンテンツ制作を得意とする。現在神楽坂6丁目に「八百屋瑞花」という青果販売する八百屋を展開中