庭のホテル 東京
総支配人
「美しいモダンな和のホテル」をコンセプトに国内だけでなく、海外からも注目されている「庭のホテル 東京」で総支配人を務める木下さん。開業した2009年から6年連続で「ミシュランガイド」のホテル部門で「快適なホテル」として2パビリオンの評価を獲得するなど、競争が激しいホテル業界で飛び抜けた活躍をされています。今回は経営者やリーダーにとって大切なこと、自己研鑽に取り組まれていること、将来の夢についてお聞きしました。
経営者の仕事は大きな決断をすること
私は、34歳のときに今のホテルの前身である「東京グリーンホテル水道橋」を運営する会社(株式会社UHM)の社長に就任しました。実は、そのときまで部下を持ったことも、経営を勉強したこともなかったのです。当初は、自信がなく戸惑うこともありました。周りの考えが間違っているように思っても、取り敢えず周りの言うことを聞いておけばいい。そう考えていたこともありました。ただ、それではうまくいかないことがわかり、徐々に自分の考えを言い、意思決定をするようになっていきました。
大きな決断だったのは、2004年にホテルの建て替えを決めたこと。それまでは父の代から始めたビジネスホテルを運営していましたが、大手チェーンの進出やインターネットの普及による価格競争の激化などにより競争優位を築くことが難しくなっていました。そこで、「価格ではなく、別の価値で選ばれるホテルをつくろう」と思い、「美しいモダンな和のホテル」という他にはないコンセプトに決め、今の「庭のホテル 東京」を新築オープンしました。
開業当初はリーマンショック後ということもあり稼働率が低い時期が続きました。ただ、私は楽天的な性格なので、「こんなにいいホテルなのだから、いずれ知名度が上がれば何とかなる」と考え、それほど落ち込むことはありませんでした。幸いクチコミを中心にホテルの評判が広がり、徐々にお客さまが増えていきました。経営者で一番大切な仕事は大きな決断をすること、そしてその責任を負うことだと思っています。私の場合、決断するとき悩んで夜眠れなくなるようなことがあまりないので、その意味では経営者に向いているのかな?と思っています。
素直で心を開ける人が伸びる
20年ほど経営者をしていますが、伸びる人材に共通する要素は二つあるとみています。一つは「素直で心を開ける人」。自分を客観視できる人とも言えます。自分の考えに固執し過ぎる人は助言をしても受け入れないですし、心を閉ざす人は部下や周りがついてこない。こういう人では、ある一定レベル以上の成長は難しくなります。若いときは素直でも、年を重ねるにつれ頑固に、頑なになっていきやすいので注意が必要です。
もう一つは「自分の責任の範囲を広げて仕事をする人」。与えられた仕事を最後までやり切る責任感があることはもちろんですが、自分には直接関係ないことにも関心を持って、アレコレ考えることができる人は伸びます。逆に、自分の担当以外のことは関係ないと考えている人や、そもそも興味のない人が伸びることは少ないと思います。
その一方で、責任感が強いあまり、部下に仕事をふれず自分で抱え込むリーダーは問題になります。自分でやった方が早いし、質が高いのはわかりますが、それでは部下の成長にフタをすることになります。丸投げする人よりはマシかもしれませんが、できる部下ほど不満に思います。そんなときは、「この案件は、あの人を担当にして!」と言って、無理やり手を離させることもします。こちらが何も言わなくても、自ら考えて動けるようなリーダーを育成していくことが肝心です。
歌舞伎や落語などのライブで感性を磨く
最近、インタビューを受けたり、講演をする機会が増えました。人に話すことで、普段、自分では考えてみないことに気づいたり、頭の整理ができるものです。なかなか自分では振り返ることをしませんので、とてもいい機会だと思っています。また、講演について言えば、磨きをかけるため半年ほど講座に通ったりもしました。そこでは、講演の内容だけでなく、ファッションや声の出し方なども学び、早速活かしています。あと、美文字講座にも1年半通いました。お客さまに手紙を書くことがありますので、そのとき少しでも読みやすく、いい印象を与えられるようにとの想いから始めました。
趣味では、美術館めぐりをしたりしますが、歌舞伎や落語、ミュージカルを観に行くことも多いです。映画もいいですが、どちらかといえばライブの方が好きですね。お気に入りの歌舞伎ですと、東京でやっていないときは大阪まで足を運んだりもします。ライブを観ているときは、仕事のことを忘れて目の前のことに集中できますので、いい気分転換になります(たまに気持ちよくなって寝てしまうこともありますが…)。特に仕事を意識して観ているわけではありませんが、感性を磨くという点では調度品選びをはじめホテル経営に役に立っているのかもしれません。
ホテルを夢のある業界にしていきたい
私は、大学を卒業してから長くホテル業界に携わってきました。残念ながら、日本の宿泊業界には「低収入で、仕事がきつい」というブラックなイメージが一部にあるのも事実です。それを、宿泊業に携わる人たちが、「仕事に誇りを持ち、夢を持てる」そんな業界に変えていきたいと考えています。
日本のホテルは、現状、欧米に比べて、「価格に比して過剰なサービス」なのではないかと思います。例えば、欧米では高級なホテルですら、歯ブラシもないところがほとんどです。それに接客の際、無愛想な人たちも大勢います。日本では考えられないことです。そんな状況を見ると、日本のホテルはボランティア精神でやっている人で成り立っているのではと思ってしまいます。
特に今は円安効果もあります。価格以上のサービスが期待できる日本のホテルにインバウンド、つまり海外のお客さまからの人気が高いのも納得がいきます。そんなこともあり、講演などでは「これからは、もっと価格を上げさせていただきます」と言ったりしています(笑)。
東京オリンピックまで、あと5年。「このときがチャンスですね」と言われることも多いですが、オリンピックは数週間の出来事に過ぎません。私たちは、オリンピック後を見据えて、ホテル業を今よりも、もっと魅力ある業界、ぜひ働きたいと思ってもらえるような業界にしていきたいと考えています。
1960年東京都生まれ。1982年上智大学外国語学部英語学科卒業後、ホテルニューオータニに入社。1994年株式会社東京グリーンホテル(現 株式会社UHM)に入社、取締役に就任。1995年代表取締役に就任。2009年「庭のホテル 東京」を開業。2011年より現職を兼務。著書に「庭のホテル 東京の奇跡」(日経BP社)がある。2013年3月には日本ホテル産業教育者グループ選考の第9回「ホテリエ・オブ・ザ・イヤー2012」を受賞。